第5話 すべって転ばないように… ~スリッページ
「たいていのFX本は『指値注文』から説明されている」
「そうですね」
「あたかも指値がスタンダードな方法の様に」
「そのわりに『初心者はまずトレンドに乗ることから考える』とかあって、」
「そうですね上り調子のチャートが図で入ってて『ここで指値だ』ってあっても、よく分からない感じになります」
「チャートが右肩上がりなのに、下がったら買おうって云ってるんだなぁ」
『トレンドに付いていきたいんだけど、どうして下で買うの?? 上がってるんだってば』
「てことになる」
◆ ◆
「センパイ、指値・逆指値の話はついに理解できました」
「ついにって、大丈夫か? 売りの場合もイメージできた?」
ぐびっとビールをあおって「ハイ!」といい返事。
「…大丈夫かよ」
「それでついでといってはなんですが、他にも訊きたいことが」
「『スプレッドって何ですか?』とか云うんじゃないだろうな」
「いやスプレッドは分かります、、タブン。手数料みたいなもんですよね」
「うんそう、bid と ask だな」
「びっどとあすく?」
ずっこける安藤。
「メジャーな通貨ペアはスプレッドが狭い 0.3とか 0.4とかな」
「そうですね、ユーロドルは 0.6とかですね、お、オージードルが 1.4 です」
「まあ需要のある通貨ペアのスプレッドは狭い、マイナーなペアは広いってところかな通貨ペア選択には重要な数字だ」
「でもドル円ばっかりやってればほとんど関係ないですねー」
「そうか? 雇用統計のときとか (がっ) と拡がるぞ」
「そうなんですか、どうしてです?」
「買い方、売り方 のバランスが崩れるとかで取引が成立しにくくなるとかだね」
「ask で買って、bid で売る。エントリは不利な方の値で開始するってことだ」
◆ ◆
「訊きたかったのはスバリ『スリッページ』です」
「似たような話だったな…」
「スプレッドはエントリ時より不利な方にズラされるイメージ、」
「ええ」
「スリッページは注文時に価格よりズラしてよい許容値だ」
「???」
「ああゴメン、スプレッドと似た感じと思ったけど、そうでもないか…」
「ずらして良いってのはどういうことですか」
「たとえばだ、」
(iPhone cymo デモアプリ)
「ドル円のエントリだ、スリッページ 『1.0 pt』にすると…」
「『pt』は pips で良いんですよね」
「うんいい。この状態でロングポジションを持つとする。成行 119.60 な」
「はい」
「119.60で約定するよな」
「そりゃそうです」
「でもピッタリ 119.60 かというとそうじゃないかもしれない」
「へ?」
「119.61 までは許容しているんだよ」
「ああー」
「スリップするときがあるんだ、約定価格が。1pipsずれたがエントリできた」
「なるほどーそれで (スリッページ) ですか」
「『0』pt に設定しておけばいいじゃないですか?スリップしないように」
「0 に設定できるかどうかは、アプリ仕様や会社の方針だと思うが、仮りに『0設定』できたとして、もし取引状態が良くなくってすべって約定ができない場合が発生する」
「……どうなるんですか」
「いつまでたってもエントリできない」
「おおう」
「まあ状況がよくなれば約定できると思うけどね」
「どういうときになるんですか? そんな状態に」
「分かり易いのはやっぱり雇用統計とかかな、変動幅が大きすぎてスリッページ 1pt とかじゃぁ追従できないかもしれない」
「あとFX会社がわざとスリップさせて約定させるなんて話も噂ではある」
「えー、そんなのどうしようもないじゃないですかぁ」
「しっかり会社を選択せよということになるな」
今夜のところはこのくらいにしておこうか、と安藤は立ち上がった。
(つづく)
■登場人物
ユキヲ:FXデモリトレード中。もうすべっても大丈夫?
安藤センパイ:多少は心得がありそうなFXトレーダー。ここまでビールが何本空いているのか。